PERSON

AlexanderLeeChang_top

アレキサンダー・リー・チャン

”NO"より”YES”で発信する。

Guest:Alexander Lee Chang

————————————-

―AlexanderLeeChangのフラッグショップ『2[Ni]』に伺った僕は、お店の前に置かれたベンチに座り、まずはプロスケーターにるまでの経緯について尋ねた・・・

TOKYO BASE 以下 T.B)スケートを始めたのはどんなきっかけなんですか?

アレキサンダー・リー・チャン 以下 リー) 一番最初は小学校5年生とか6年生とか、あまり覚えてないんですけど、そのくらいの時に近所の友達がスケートボードを持って来て。当時はファミコンをやって、飽きたらスケボーするみたいな遊びをしてて。それで、中学校1年生だったかな。アメリカの親戚のところにちょくちょく行ってたら、その親戚がスケボーをやりたいってなって、「アレックスやった事があるか?」って聞いてきて、「やったことあるけど・・・」っていう風に言って。その時親戚が見せてくれたビデオがそもそも、僕がやってたスケボーではなくて、飛んだりしてるわけですよ。それでスケートショップに行こうよってなり、親と一緒に行って、ビデオと同じデッキを買ってもらって。まぁちゃんとしたスケボーですよね。

T.B)それまで知っていたスケボーとは全く違ったんですね。

リー)そうそう、板の形もまったく違いますし。それから、日本に帰って来た時に、今は代官山にあるCALIFORNIA STREET(カリフォルニアストリート)が、元々僕の地元の八王子にあって、そこがオープンする時に、僕がスケートボードを持ってることを中学の友達が聞きつけて、「スケボー持ってる?やってる?」って話しかけられて。「持ってるけど・・・」って話したら、「じゃあスケボーショップができたから行こうよ!」ってCALIFORNIA STREETに行って、そこから新しい情報がどんどん入って来て、中学校の友達と始めていくって感じでしたね。

T.B)じゃあ、当時はスケボーを持ってること自体が珍しかったんですか?

リー)うん。まあ、珍しいというか、スケ-トボードっていう物自体が、デパートとかで売ってるような、幅があったりとか、あきらかに見た目が粗悪なものしかなくて。要は全てパーツから選んでっていうのは本当になかったんですよ。都内にはムラスポとかSTORMY(ストーミー)とかあったと思うんですけど、八王子にはその当時、ちょうどオープンしたCALIFORNIA STREEにしか無かったんですよね。

T.B)そうだったんですね。じゃあ、CALIFORNIA STREETを拠点にしていたんですか?

リー)そうですね。高校入る時くらいまで、友達とやってましたね。コンパネを拾って来てジャンプ台を自分たちで作って練習してたら、CALIFORNIA STREETによくいるプロの人達が、八王子のこのエリアで滑ってるよっていう情報が入って来て、友達とかと行くんですけど、実力の差が雲泥の差で(笑)それで、僕の仲間達はビビったのかわからないけど行かなくなったんですね。だけど、僕は上手くなりたかったから、一人で行く様になって、そこで先輩達と仲良くなってから、ずっとスケボーにどっぷりハマッていって。

AlexanderLeeChang_5

T.B)そこからプロスケーターになったのはどんな経緯だったんですか?

リー)そこで、周りにプロが居たので、スケボーにはプロが居るっていうのを知りますよね。そのプロが持っているボードは、聞いた事あるブランドの物で、いつも板が綺麗で。靴が綺麗で。最新の物が出たと思ったら履いてて(笑)それで、プロになったらスケボーで不自由をしないって知ったら、プロになりたいと思うじゃないですか(笑)じゃあ、プロになる為にどうしたらいいのって聞いてたら、先輩が大会に勝ったりとか、名前売ったりとか手段を教えてくれて。で、先輩に付いて行って大会とか出たんですけど、たまたま僕の滑りを見て「スポンサーあるの?」って言ってくれた方がいて。でも、勿論無いですよね。そしたら、その人が「じゃあ、今度スケボーのお店行くから紹介するよ」って。それで先輩に付いて行ったら、今で言うCharlie(チャーリー)って所からスポンサーもらって。でも諸事情ですぐ解雇されて。それから、色んな所でスケボーしてたら、今度T19(ティーナインティー)の江川君。今で言うYOPPYさんが僕のライディングを見て「お前カッコいいじゃん。うちの板乗りなよ」って言ってくれたり、「いついつにここに来い」って言われて行ったら、トミーゲレロがやってるブランドのREAL(リアル)っていうブランドがあるんですけど、そのブランド板を「お前にこれやるから」って5枚から10枚ボンッって、、、めちゃくちゃ嬉しかったですよ(笑)高校生ですよ(笑)だけど、僕はその時REALとは対極の形の違う板に乗ってたんで、「乗れるかなぁ・・・」って思いながら(笑)でもタダですよ(笑)

T.B)それは嬉しいですよね!高校生だったらバイトしながらお金を貯めて買う訳ですもんね(笑)

リー)そう。それまでは一枚15000円くらいの板を値引きしてもらって、10000円で買って乗ってましたからね(笑)で、しばらくたって「お前どうなの?」って言われて「乗れました!慣らしました!」みたいな感じですよ。最初はすっげー乗りづらかったんですけど。(笑)

T.B)やっぱり板が違うと感覚が全然違うんですか?

リー)全然違う。最初はすげー嫌だなぁって思いながら、そしたら「このブランドのライダーになるんだったら、もう話ししてあるから、いついつ代理店行こう」って言われて。その時はまだ江川君と2回くらいしか会ってないんですよ(笑)この人YOPPYっていう人だぁ~って思いながら(笑)車で二人で藤沢の代理店の所に行って。そこからスポンサーをもらって。

T.B)じゃあそこからスケボーの大会に出る様になったんですか?

リー)もうちょっと前から出てたんですけど。当時は、プロのエントリーとアマチュアのエントリーって隔たりがなかったんですよ。「俺プロです。」って言えばプロのエントリーができたんですよ。

T.B)プロのライセンス等はなかったんですか?

リー)無かったんです。ただ、プロで出る代わりにエントリーフィーも高いし。その代わり賞金もある。戦う相手も凄いですよね。アマチュアはエントリーフィーが安くて、賞品なんですよ。お金が出るか物が出るかで違いがあるんです。で、勿論どこからか、板をもらってる、何かもらってるっていう人間はアマチュアでエントリーするっていうチョイスは出来ないんです。だからいきなりプロの大会にポンッって出されたんです(笑)

T.B)いきなりですか?その、急に出された大会の結果はどうだったんですか?

リー)まぁ、ダメですよね。しかも、決勝まで残れなければエントリーフィーとか遠征費も自腹なんで。当時、確かエントリーフィーが15000円位だったかな、、、高校生の僕からしたら高くて(笑)でも、スポンサーがいる以上、大会に出る事は当然だからね。

―20年以上前の話を思い出しながらリーさんは色々な事を話してくれた・・・

リー)実は僕、優勝した事ないんですよ。毎回2位で。絶対に勝てない奴がいるんですよ。親友なんですけど(笑)僕が調子いい時、絶対そいつも上がってくるんですよ。で、そいつが予選落ちしてるときは僕も大体予選落ちしてるんです(笑)

T.B)なんか愛称が良いと言うか悪いと言うか。という感じですね。

リー)そうそう(笑)決勝に上がる人のほとんどが他の大会で優勝してる人達なんですけど、その人達には勝てるのに、そいつにだけは勝てないっていうね。ムラサキスポーツ主催と、AJSA/日本スケートボード協会の大会っていう当時二つ大会があって、AJSAの大会はみんなライディングして順位を決められて、決勝でもまた順位を決めてっていうスタイルなんですけど、ムラサキスポーツの大会は予選は同じ形式なんですけど、決勝はトーナメントなんですよ。だから”決勝来たー!”ってなっても”あいつも上がって来た・・・”みたいな。

T.B)良いライバルだったんですね。

リー)ライバルだったのかな、、、まぁ親友ですね(笑)

AlexanderLeeChang_4

―春の風が吹く晴天の空の下で、店の前のベンチに座りながら、リーさんの話しに胸を高鳴らせ、僕は「AlexanderLeeChang」立ち上げの経緯を伺った・・・

T.B)そこから、AlexanderLeeChangを立ち上げるまでの経緯を教えてください。

リー)僕が18、19歳くらいの時に、色んなスポンサーがあって、HECTIC(ヘクティク)とかが出来始めた頃くらいに、スケートのドメスティックブランドを駒沢の先輩が立ち上げたんですよ。その時、僕は海外のブランドからもスポンサーの声が掛かってて、両方からオファーが来てたんですよ。結局僕は先輩のブランドに入るんですけど、2年くらい居て。まぁ距離感が近かったのもあって、こういうTシャツが欲しいとかこういうパンツが欲しいとか色々と言うじゃないですか。そうしたら「じゃあお前やれ」みたいな感じで、今やってるAlexanderLeeChang(アレキサンダーリーチャン)の前にブランドを20歳の時に立ち上げて、それを7年間やって独立したんです。

T.B)AlexanderLeeChangの前にもブランドを立ち上げていたんですね!そこから独立したきっかけはなんだったんでしょうか?

リー)AlexanderLeeChangを立ち上げる前のブランドで洋服作っていると、色んな事を知っていくにつれてやりたい事が増えてきて。前の時っていうのはスケートボードブランドのウェアみたいなコンセプトが凄いあるんで、そもそもレディースも作り辛いし、作れるものは凄い限られますよね。じゃあ、そういった限定は一切無しで、僕が作るカジュアルウェアはどないやねん?って思って始めたのがきっかけですね。

T.B)まっさらな状態になった時に何を表現していくのか?ということですね。ブランドネームは何故ご自身の名前にされたんですか?

リー)それは、凄いシンプルで、色んな物を考えたんだけど、何やっても「●●君のブランドだよね?」って言われるじゃないですか。カッコイイ名前を付けても。結局ブランドネームって凄くコンセプシャルにあると思うので、例えばブルーって名前にしたら赤い物を作るのって結構抵抗あったりとか。そう考えたら自分の名前でいいやって(笑)どうせそう言われるでしょみたいな。あと、Rマーク(商標)通りやすいでしょ(笑)

T.B)確かに(笑)そこは凄くシンプルだったんですね。

リー)あと、同じような名前のブランドが絶対ないんで。“田中太郎”とかでも多分無いと思いますよ(笑)ただデメリットとしては、AlexanderLeeChangって胸にドーンと書いてある服は僕は着たくないですけどね(笑)名札みたいでしょ(笑)

AlexanderLeeChang_3

T.B)AlexanderLeeChangのコンセプトは何でしょうか?

リー)コンセプトってわからないですけど、結局その時々のやりたい事なんですよね。ただ、僕が思うのは、意外とやりたい事って昔と今もあまり変わらなくて。たまに自分の事を掘ると「これって自分のとこのコンセプトだね」っていうのが出てくるんですよね。

T.B)例えばスケートボードとかストリートというところでしょうか?

リー)ん~、っていうよりは、そもそもトラッドの服っていうものを作るのがそんなに得意じゃないのでカジュアルになりますよね。スケートボードとか自転車とかストリート物っていう考え方でいうとストリートウェアですよね。そういった事も根底にあるんだろうけど、それよりも繋がりが生まれるような服を作ることを大切にしてますね。服を着て、洋服を買いに行く時にこの服を着たら誰に声をかけられるかな?とか。僕は自分自身が欲しいものって、それを着て行く事によって誰かに見られたいって思ったりするんですよ。例えば、彼女が喜ぶ服とか、先輩に声かけられるようなメッセージが入ってるとか。それを誰かに訴えたいとか。そういった時に、ポジティブなコミュニケーションが生まれるような服作りだったらいいなって思ってて。ネガティブなメッセージのF○CKとかアンチ○○とか反骨的な要素は、自分の根底には強くあるんですけど、それを外に表現する事自体が僕の中ではそんなに得意ではない。それよりも”NO”より”YES”ですよね、とか。そこで笑えるとか。そういうポジティブなメッセージに持って行く方が、僕は向いてるのかなって思って。

AlexanderLeeChang_1

T.B)一つ気になったんですけど、AlexanderLeeChangで猫をモチーフにしてるアイテムが多いと思うんですけど、それには何か理由があったんですか?

リー)猫が好きっていうのもあるんですけど、僕が拾った猫をスタッフに預けたらスタッフが猫にハマっちゃって、猫飼いだして。それで、「ブランドのアイコンって何がいいだろうね」って話してた時に「スケボーって結構わかりづらいよね、、、でもチャリンコじゃないよね。俺スケーターだし」って「じゃあ猫好きだから猫でいいんじゃないですか?」「じゃあ猫にしてみよっか」って。猫にしてみたら結構、猫が好きな人が周りに多かったんですよ。意外に。で、やっていくと面白いんですけど、猫が好きな人って、白猫でも黒猫でも手にするんですよね。でも犬が好きな人って自分が飼ってる犬種しか手にしないんですよ。たぶん、猫って細かくいうと顔とか、体型とか変わるけど、抽象的なイメージって変わらないじゃないですか(笑)でも、ブルドックと柴犬って全然違うじゃないですか。だからなのかなぁ~と思って。(笑)もし自分がブルドック飼ってたらブルドックのアイコンのアイテム買いません?

T.B)はい、ブルドックのをチョイスしますね(笑)

AlexanderLeeChang_2

T.B)今後はどのような展開を考えてるんでしょうか

リー)結構この業界長いので、これは理想ですけど、アレキサンダーリーチャンという人間がいて、こういう人で、こういうブランドやってて、こういうヘッドショップをやってて、こういう雰囲気の事をしてる人なんだねって、他の人が見てこの世界観を他で一緒にやりたいとか、うちの店舗でやりたいとか、あとは色んな人と手を組んでやったら楽しいなって思いますね。それがアパレルじゃなくても、人と人が繋がって広がっていくような。

T.B)今日はありがとうございました。色々と聞けない話しを聞かせてもらえて嬉しかったです。

リー)ありがとうございました。

-「”NO”より”YES”」根底には反骨的な要素を持ち自身のことを“アンチ”の人間と語られる中、そのアンチテーゼな部分を変換してポジティブなメッセージを落とし込む事で会話が生まれるきっかけをもたらす服作り。その優しさが込められたリーさんの話しに心を打たれ、対極にある感情から表現される洋服に僕は魅かれた。

AlexanderLeeChang
http://www.alexanderleechang.com/

SHOP2[Ni]
東京都目黒区大橋2-6-14 川俣ビル地下1F
info@alexanderleechang.com

Photographer:Yuya Mochizuki

  • Facebookでシェア